柿の木 8月21日
境内地には、大きな銀杏の木、クスノキ、桜の木🌸等々、いろんな木々が聳え立っております。大きな木だと樹齢300年以上(定かでありませんが)あるとおもわれます。


寺院の北側に通用路兼🅿️駐車場があるのですが、ここはお寺が地主さまよりお借りしている土地です。その土地には地主さまの亡き旦那さまが大切になさっていた思いいれの深い柿の木があります。
5年くらい前まで、毎年沢山の柿の実をつけていたのですが。ここ数年は実をつけることもなく…葉っぱも少なくなっておりました。樹齢はわかりませんが、かなりの老木になっていたことは、たしかです。
ところが、8月18日未明の豪雨が原因で倒れてしまいました。立ち枯れか、根腐れによるものだと思われます。
なかなか樹木の死に遭遇することはありませんが、お寺に入ってかれこれ20年以上、毎日のようにあたりまえのように視界に入っていた木が亡くなってしまったのは寂しいかぎりです。




この柿の木が生まれてから死ぬまで(いのち)(魂)(精霊🧚♀️)というものを宿していたと考えるとき、目の前に倒れている残骸を死骸、抜け殻、あるいは生きた証と呼べるでしょう。宿していた精霊🧚♀️が、木から抜けだし、神仏によって救われていったんだなと思えたとき、精霊🧚♀️を宿していたこの柿の木の身体に、『お疲れ様でした』と自然にお声がけができました。諸行無常を肌で感じた出来事でした。人間よりもはるかに長い命を生きている樹木は、どんな思いで人間をみて、生きているのでしょうか… 合掌 南無阿弥陀仏


