私にとっての八月 前編 8月26日
お盆参りも無事に終わり、クマゼミからツクツク法師に赤とんぼ、もう秋でございます。
八月という月、昔から苦手な月です。とにかく汗を💦かく蒸し暑い季節が大の苦手なんです。それだけではなく、本当の理由はと申しますと…..
今のようにエアコンもなく、扇風機がぎこちなく首をふり、おネギだけ入った生温い素麺をすすりながら、昭和40年代後半の小学校の夏休みを過ごしていた私が…..
テレビをつけると、『今年は戦後◯◯年となります』から始まり、8月6日は広島、9日は長崎の原爆、そしてお盆週間、15日は終戦記念日。テレビや新聞から大戦中の悲惨な体験談。両親(戦時中大阪在住 父昭和5年、母昭和11年生)からは、『育ち盛りに、芋のツルが御馳走だった』『皆ガリガリの栄養失調で、お腹だけが、餓鬼のようにぽっこり出ていた』『焼夷弾が落ちてきたけど不発で実家は焼けなかった』『大阪駅には死体がゴロゴロ転がっていた』『もう少しで学徒動員に行かされるところだった』『戦後、進駐軍からチョコレート🍫をもらった』とか…..

テレビドラマでは、軍服を着た兵隊さんが、突如玄関にやってきて、その家の人に赤紙を手渡すシーン。家人は鎮痛な面持ちでそれを受け取り、すでに覚悟を決めている息子に。数日のうちに、いざ出兵。駅舎で家族や親戚、知友が見送る中、『◯◯君!お国のために! 天皇陛下万歳🙌』と🇯🇵日の丸ののぼり旗と鉢巻! 物陰でお母さんが、声を殺して泣いている姿…
お腹を痛めて産んだ男の子、大切に育ててきて、兵隊にとられてしまう。『お国のために』と言う殺し文句に絶対服従せざるをえなかった時代… つづく



