「四十九日」が三ヶ月にまたがるとよくないのですか? 祟られますか?
『逆にふた月だと、何かしらご利益でもあるんですか!』って質問してみたくなります😆
そんなことはありません。月の後半(だいたい19日以降〜)に亡くなれば当然、四十九を足し算いたしますから、どうしてもが三月(みつき)またがりになります。
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私が聞きましたのは、昔、大坂船場の反物屋さんの家の主人の先代が往生(月半ば)され、『四十九日間も喪に服していたら商売あがったりや!』何とかならないものかと思われたそうです。そこで、なんとか忌明けをふた月(三十五日)くらいでと思案したあげく、『み月またがりになると、始終苦が身につくから縁起がわるいと!』それで35日(5七日)で忌明けをと、トンチを効かせたものと聞いております。
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これは「四十九」を「始終苦」、「三月」を「身付き」と読みかえ、「始終苦が身に付く」転じて「始終苦しみが身につく」とした単なる語呂合わせにすぎません。コレを考えられた方はかなり脳みそ🧠の柔軟な方でございます。浄土真宗では、喪中とか忌中の概念はありません。残された家族が大切な人を失った悲しみと向き合い、これまで通りの生活を取り戻すために必要な時間、仏縁にあう時間と考えております。南無阿弥陀佛 合掌
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追伸、それでもどうしても三月にまたがりたくないのでしたら、往生の日を月半ばまでに…狙いを定めて…