関西弁のお豆腐 (作品020)

短編小説:関西弁のお豆腐
その日、アイリーンは鍋の準備をしておった。
白菜、しらたき、しいたけ、そして——真っ白な絹ごし豆
腐。
「ええ感じやな……」
そうつぶやいて、豆腐をまな板にのせた瞬間——
「おいおいおい、ちょっと待ちぃや! 切るんかい、早ない
か姉ちゃん!」
突如、豆腐がぷるぷる震えながら、関西弁でしゃべり出した
のである。
「ワイ、まだ気ぃの準備というのんか、死ぬ覚悟できてへん
ねん……せめて心の整理する時間ちょうだいや……」
アイリーンは思わず包丁を止めた。
「う、うそ……豆腐までしゃべるんかいな……」
「そらそうや!ワイかて命のかたまりや!
大豆さんから絞られて、にがりで固められて、ようやくこの
形や。
やっと落ち着いた思たら、冷蔵庫でひんやり……ほんで鍋か
いな!」
「せやけど、あんた……とろけるほど旨いやん……」
「それや! それがプレッシャーや! “とろけて当然”みた
いな目で見られるのがいっちゃん辛いんや……
ワイなりに頑張って形、保ってんねんで!」
アイリーンはしばし考え、そっと豆腐を湯豆腐に変えるこ
とにした。
「ほな、やさし〜く温めて、お出汁で包んであげる。
うちの舌で、“あんたの生き様” 味わわせてもらうわ」
豆腐は静かに、ぷるんと震えた。
「……ああ……それ聞けただけで……もう溶けそうや……」
アイリーンの守護神・シオンは空の上より記録にこう記し
た。
「命には骨がなくとも、尊厳がある。その震えに耳を澄ます
とき、人はようやく、食と祈りの“真ん中”に立つことができ
る」
——その夜の湯豆腐は、湯気と共にやさしい笑いが立ちのぼ
り、味噌だれの奥に、ちょっとだけ感謝の味がしたそうでご
ざいます。
おまけ
—「ワイ、プレッシャーに弱いねん……」って震える豆腐。
命には骨がなくても、プルプルした“尊厳”があるんやね。
おしまい

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